【嫁ブログ】コロナに負けないぞ(後編)〔018〕

コロナで先の見えない自粛に突入したときは、ただただ不安でした。

悩みに悩んで、塾長と話をして大きな決断をしました。

「アールズ国語そろばん教室のプリントを沢山の人に使ってもらおう。」

 そこで作ったのがさくらぷりんとです。

おかげさまで、今回の検定でもたくさんの方にご活用いただいたようです。

今後もより使いやすくなるよう改良を続けると同時に、中身の教材も充実させてまいります。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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金太郎飴

ここ数年、塾長が口にしていたのはこんな言葉でした。

「教育者の一人として、公教育や流行の教育論に言いたいことは沢山ある。だから、教室での実践だけじゃなくブログを通じてわしの教育の考えを世の中に伝えたい。」

「日本の未来は教育で支えるしかない。公教育ではない寺子屋みたいな教室だからできることがある。」

こうして誕生したのが「辰學舎/アールズ国語そろばん教室」の新しいホームページであり「さくらぷりんと」です。

結婚当初、塾長は毎日こう言ってました。

「教育者として」

「教育者として」

「教育者として」endless・・・・・

この人、金太郎飴みたいに根っからの教育者なんです。

下の娘が2歳のころ、私の実家に娘を連れて行った際、娘が仏間をお菓子で散らかしまわるので、おじいちゃんが娘の頭をパン!とちょっと強めに叩いたことがありました。

その話を夫にしたら、仁王様ごとく怒りだして延々と持論を語っていました。

その内容ははっきりとは記憶していませんが、

「たとえ2歳の分別がつかないような子でも、言葉で説いて諭さなければいけない」

というような内容だったかと思います。

私が「言葉の意味はまだわからないけど・・・」

というと、「わしは、わかるまで何度でも何度でも言葉で説き続ける。」

と言ってました。

私は食い下がって「どんなに言葉で言い続けても、結局最後まで分かってもらえなかったらどうするの?」と聞きました。

すると、「それはそれでいい。結局、最後は本人が自分で気づくか考えなければならない。」

私「・・・」

当時はよくわかりませんでしたが、今思えば夫は幼い子供も一人の人間としてきちんと尊重しているのだと分かってきました。

 十段目指す?目指さない?

令和2726日に全珠連検定が某公共会場で行われました。

その結果は生徒さんの頑張りが反映されるとても良いものでした。

その中の一人が合わせ11.5段になりました。

珠算準4段合格、暗算7段合格です。

塾長は聞いたそうです。

「おい、これどうするんや。10段目指すか?」

するとその生徒は「自信がない。」と答えたので、

塾長は「10段目指せ」とは言わなかったそうです。

それを聞いた私は

「なんで??? 一旦そろばんを離れてもう一回大人になってから10段取ろうとしたら大変よ。この子は才能だってあるし。なんだかちょっと勿体ない気もするけど。」

と反論しました。

すると塾長「わしが決めることじゃない。本人次第や。」

この後いろいろ食い下がった私ですが、塾長は「本人次第や。」の一点張りでした。

教室の実績づくりや評判を考えたら、普通のそろばんの先生なら「10段を目指しなさい」とけしかけるところです。

ところが塾長は、

「わしは嫌いなんや。大人が金や世間体の都合でもって、子供を好き勝手に動かすのが。」

と強く憤りを滲ませ、突然YOUTUBEで古今亭志ん朝の落語を聞き始めました。

教育者として絶対に譲れない一線があるようです。

前にこう言ってたことを思い出しました。

「親や教師が子供に苦手なことを強制するのは、子供の関節を曲がらない方へ無理やりグイグイと力任せに曲げるようなものだ。子供は壊れてしまう。できないことばかり親や教師が気にしてそればっかりやらされたら、その子は勉強が嫌いになってしまう。」

「だからわしは教室で子供に何のために勉強するのかの話をし続けているんや。」

 おれは、負けたくないんや

塾長「おい、伊藤(仮名)、お前将来、何になりたいんや。」

伊藤「え~、考えたことない。聞かれたらいつも適当なこと言ってきた。」

塾長「サッカーとかか?」

・・・暫く二人のやり取りが続く・・・

伊藤「おれ、本当は負けたくないんや。」

塾長「ほう、あれか!あんざんコンクールか。」

伊藤「うん。」

こうして、塾長はお母さんにこのことを報告し作戦がたてられることになりました。

「なぜ勉強するのか」「なぜ頑張るのか」

塾長が生徒に聞き続けているから、拾うことのできた心だと思います。

  まとめ

「コロナに負けないぞ」シリーズ、完結編の今日は、外からは見えないアールズ国語そろばん教室の体内を御覧いただきました。

戦争で右腕を無くした塾長の祖父は、戦後の焼け野原の中そろばん教室を始め、今のアールズにつながっています。

一時は、このコロナ騒動で廃業が脳裏にちらつきましたが、塾長のような考え方で経営している塾は周りを見てもあまりないような気がしています。以前、こうも言っていました。

「ただの儲け主義でやっているなら、さっさとたたんでしまえばよいし、わしの信念がふらふらするようなら続ける価値もない。」

いろいろなことを考えましたが、コロナに負けず、教室を続けることになりました。

長々とお付き合いいただきありがとうございます。

教室の詳しい内容はこちらです
さくらぷりんと
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