『AIに負けない子供を育てる』

AIという言葉が世間を飛び交うようになってから、

「AIの発達によってなくなってしまう職業」

のようなネット記事をあちこちで見かけるようになりました。

他方、Youtuberのように、10年前には存在しなかった職業が新しく生まれたりもしています。

現在小学校や中学校で勉強している子供たちが大人になってバリバリ仕事をする未来に、どんな仕事が新たに生まれているかは全く不確定です。

このAIとの関連で、シンギュラリティという言葉は、どこかで聞いたことがあると思います。

IT用語としては次のような意味になるそうです。

シンギュラリティ

シンギュラリティ(Singularity)は英語で「特異点」の意味。「人工知能(AI)」が人類の知能を超える転換点(技術的特異点)、または、それにより人間の生活に大きな変化が起こるという概念のこと。

https://www.otsuka-shokai.co.jp/words/singularity.htmlより引用

 ところが、本書の著者である新井紀子教授は「シンギュラリティは来ない」と言います。

 

本邦における、AIのトップランナーである新井教授が、どういうわけで「シンギュラリティは来ない」と言うのか。

それは、本書のテーマでもある「読解力」が理由になります。

この本の結論はこうです。

 

結論
AIに負けない子どもを育てるには、読解力を身に付けよ。

新井教授は、人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクトリーダーを務めています。

本書冒頭部で紹介されているこのプロジェクトで登場する「東ロボ」は、2011年より大学受験への挑戦を始めました。

5年後の2016年にはMARCHの合格率80%判定を達成します。

数学と世界史に限定すれば、東大合格者よりも高い偏差値を叩き出せるようになったのですが、ここで読解力という壁がプロジェクトに立ちはだかります。

AIは、単純記憶や計算は正確である一方、AIは読解力を要する問題が苦手であることが判明します。

AIに読解力を学習させないと、東大合格レベルにはいかない。

著者の言う読解力は、図や表を読み取る能力も含まれます。

どうすればAIに読解力を身に付けさせることができるか。 

P25より引用
私は考え抜きました。そして、人間の読解力を診断し得るような高品質なベンチマークを作り、人間がそれを有償で受験する傍らで、AIにもそれを解かせてみるという研究をするのが最善だ、ということに気づいたのです。そうして生まれたのが、「答えが書いてあるのに解くのが難しい不思議なテスト」であるリーディングスキルテスト(RST)です。

 

このRSTを実施するときに、新井教授は日本の学生の読解力が低いことに驚きます。

中高生に「教科書は読めていますか」と質問したところ、8割の生徒が「はい」と答えるのです。

しかし、著者がRSTを実施した多くの学校での結果は、逆のことを示していたのです。

自分では「教科書を読めている」つもりでも、実際には「読めていない」生徒が多数存在することが判明したのです。

しかも、このRSTの正答率は、残酷なほどに進学実績と強い相関を示します。

膨大なデータ収集の結果、高偏差値=高読解力であることを証明してしまったのです。

 ここで、少し長くなりますが、私が深く感じ入った部分を引用します。

P38より引用(色強調は引用者)
日本で育った日本人は、小学1、2年生で(読み障害がなければ)ほぼ全員が簡単な字の読み書きはできるようになります。(中略)むしろ心配すべきなのは、家庭環境や地域によって語彙量に相当の差があることです。
加えて、小学3、4年生あたりで、本や教科書の読み方や、板書の読み方に決定的な差が生まれ始めます。それは、機能語の部分を正確に読む子とそうでない子の差です。
機能語を正確に読みこなせないと、教科書を読んでもぼんやりとしか意味がわかりません。そうすると、暗記やドリルに頼るようになります。
意味を理解しない暗記でも、小テストや中間テストなどはうまく切り抜けることができることがあります。その成功体験とともに彼らは中学に進学します。
そういう生徒は、たとえば歴史の教科書を読むときに、キーワードの群として捉えようとします。
たとえば、「徳川家光、参勤交代、武家諸法度、鎖国」のように。
私は、この読み方を「AI読み」と呼んでいます。AIがまさにそのように読む特性があるからです。
P39より引用(色強調は引用者)
AI読みでは、新しい知識を得るための文章――その代表例が教科書ですが――を正確に読むことは難しいでしょう。
学年が上がり、内容が抽象的になればなるほど難しくなります。
そうなると、キーワードの暗記以外の試験対策はできなくなります。
蛍光ペンでハイライトしたキーワードだけを一晩でギュッと暗記して、テストでパッと吐き出して、翌日はすっかり忘れる。
そういう勉強法を繰り返さざるを得なくなります。
p148より引用(色強調は引用者)
たぶん、「入試が暗記を求めるから、暗記をする」のではありません。
「入試は読解力を求めているのに、読解力が不足している人は(AIと同じように)暗記に走らざるを得ない」
というのが事の真相ではないでしょうか。

 

新井教授の指摘する「AI読み」で試験を乗り切ろうとする手法は、まさに学習塾でよく採用される学習法です。

なぜ、よく採用されるのか。

手っ取り早く金になるからです。

読解力を育てる指導というのは、非常に手間と時間がかかるばかりか、目先のテストに対しての即効性はありません。

したがって、「過去問周回」や「大量の宿題」で勉強量を確保するという「AI読み」的な方法でテストの得点力を稼ぎ、それを宣伝してお客を呼ぶ方に流れます。

その方が経営効率が良い。

これは、指導する目の前の生徒に読解力があるかどうかなどは考慮せず、ただただ滑車を廻すハムスターのようにテストに出る問題をひたすら解かせているだけです。

その生徒の学力(読解力)を根本解決しているわけではありません。

しかし、本書の中にもある通り、

「少子化にもかかわらず大学の数は増えている」

ために、大学の入試制度も多様化が進み、「AI読み」的な方法で勉強を続けていっても、

どこかの大学には入れてしまうという事態が、事の根本解決を阻む一因となっています。

私は20年以上前から主張し続けてきました。

「本当に子供の将来を考えるなら、読解力を育てることが一番重要である」

「そこから目を背けて、目先のテストの点ばかり追いかけるのは子供を不幸にする」

やっとこういう本が出てきて嬉しい限りです。

RSTという「読解力を数値化できるテスト」を開発し、同時に

AI読み的な学習じゃ世の中に出ても役に立たないよ

という主張を実証的な形で出してくれた新井教授には感謝しかありません。

 

では、どうすれば読解力を育てることができるのか。

本書の終盤では、新井教授の提示する読解力対策が年齢別に列挙されています。

気になる方は是非手に取ってお読みください。

 

私はこれまで、多くの国語教材を作ってきました。

暗誦詩文集・作文ワーク・国語の鍛錬・ことばドリル・10分間読書

これらのコンテンツは、生徒達の読解力を育てるために必死に考え抜いて作ってきたものばかりです。

今回、新井教授の本を読んで、改めて自分のやってきた仕事は間違ってなかったと胸をなで下ろしているところです。

そして、これまでの教材をさらに磨きをかけていかなくてはならないと決意を新たにしています。

 

ところで、新井教授が本書の中で繰り返し述べていることがあります。

しっかりとした読解力でもって教科書がきちんと読めれば、旧帝大ならば塾や予備校に行かなくても問題なく入れる。

どんな難関校であっても、大学入試の出題範囲は、学習指導要領の範囲内でしか出題されないからです。

その一方で、現在の国語教育の問題点、今後の公教育の国語指導のあり方についても指摘しています。

しかし、新井教授のような先進的で価値の高い研究成果が世間の常識となり、公教育に反映されるまでには、かなりのタイムラグが生じます。

それこそ、20年から30年、下手をしたら半世紀以上かかるかもしれません。

それが日本のお役所というものです。

公教育の方針転換がゆっくりであるのは、制度的にも致し方のないものです。現在の学習指導要領と教科書検定の枠組みでは、どうしようもありません。

こういう新井教授のような、真摯な仕事とその成果を勉強して、良い部分は取り入れながら目の前にいる生徒をなんとかするのが私の仕事です。

これを読んでいる保護者の皆様も、ぜひこの本をご一読されることをおすすめいたします。

最後になりましたが、本書では「RST」の体験版を受けることができます。

小学校高学年なら挑戦できる内容です。

親子でやってみて、盛り上がるのも一興ではないでしょうか。

 
AIに負けない子どもを育てる

さくらぷりんと
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