【嫁ブログ】九州豪雨に思うこと〔005〕

読売新聞オンラインより

断続的に雨、行方不明者の捜索難航…住宅被害1万2000棟

記事抜粋
九州を襲った豪雨は、熊本県南部を中心に甚大な被害が発生してから11日で1週間となる。一連の豪雨の死者は63人、行方不明者は16人となった。住宅被害は九州全7県の計約1万2000棟に上り、浸水が9割超を占める。調査が進んでいない自治体もあり、被害はさらに増える恐れがある。断続的に雨が降る中、行方不明者の捜索も難航している。
一連の大雨では、10日午後8時現在、死者は熊本県60人、福岡県2人、大分県1人。行方不明者は熊本県9人、大分県5人、長崎、鹿児島県の各1人となった。土砂崩れ現場などでは、10日も行方不明者の捜索が続いた。
読売新聞が各県の住宅被害を集計した結果、10日午後8時現在、熊本県は床上浸水4580棟、床下浸水1641棟、福岡県は床上浸水1456棟、床下浸水3445棟などとなっている。
九州では10日も、各地で激しい雨となった。気象庁によると、午後8時までの1時間雨量は最大で佐賀県嬉野市64・5ミリ、福岡県大牟田市56ミリ、熊本県天草市52ミリなどとなっている。午後8時現在、熊本県などの約38万人に避難指示が発令され、約4200人が避難所に身を寄せている。

九州の各地で豪雨による被害に遭われた方々に対してなにができるかを考えて行動していたいと思っています。

コロナの影響でただでさえ日本中が苦しい中、このようなつらい状況下におかれてしまった方々のニュース映像を見ると、悲しみやら怒りやら、言葉にならない感情でいっぱいになりました。

被災者の1人として

私事ですが、実家は高松市内で祖父の代より鉄工所を営んでいました。

平成16年の927日、実家の家と工場は見事に高潮にやられ、旋盤などの工場の機械は全て塩水に浸かり、父は廃業しました。

家の前の一方通行の道路が川になっていて、街灯の明かりにきらきらと光っていたのをよく覚えています。

潮が引いた後、私は潮に浸かった畳を何枚も何枚もはがしては外に運んで片づけを行いました。

全ての畳を運び終わたところで両足の指をみると、10本の指の爪が全て真っ赤な血で染まっていました。

その後、両足の血は血豆になり爪が綺麗に生え変わるまで随分と時間がかかりました。

父は今でも台風になるとパニックに襲われます。

心の傷は今なお癒えてはおりません。

ところが、「震災でふりかえる平成-年表」にはこの高潮災害は記載されていません。

日本中の各地で発生する数々の震災の中ではかなりちっぽけな出来事なのでしょう。

そうです。

俯瞰で見た被害の大きさや規模はひとりひとりの被災者には関係ありません。

しかし、ひとりひとりの被災者は、突然、生きるか死ぬかに直面します。

家族を失ったり、家や仕事を失ったりします。

人生が大きく狂ってしまいます。

 

日本は今でもコロナで苦しんでいます。

その上に災害が襲ってきます。

この大雨で被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げます。

ところが、ニュースでは次の選挙の話、次の総理を誰にするかのような話が目につきます。

お上は本当に当てにならないと思います。

災害に対しても、政府に対しても本当に無力なおばさんですが、けっこう頭をつかって考えています。

今日はお教室とは全く関係ない話をしてしまいました。

お目通しいただきありがとうございます。

教室の詳しい内容はこちらです
さくらぷりんと
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