【嫁ブログ】摂食障害〔042〕

いつもこのブログをお読みいただきありがとうございます。

世の為人の為、本当は私なんぞがブログを書いてはいけないと思うのですが、

今日もお付き合いください。

人は矛盾する生き物なのです。

 

今、このブログをお読みいただいているのがお父さんなのか、お母さんなのかはたまたどちらでもないのかわかりませんが、皆さまの子ども時代はどうでしたか?

親から褒められていましたか?

親からいつもいつも怒られていましたか?

 私の知り合いに『いつもいつも母親から叩かれていた』という方がいます。

 叩く、という行為は言葉よりも反射的に手が出るということかと想像します。

考えて、(さあ、叩くぞ。力加減はこれぐらいにしよう。)バシン!

これは叩くまでに数秒以上の時間を要しそうです。

 

もちろん、私も親や教師に叩かれた経験は多々ありますから、叩かれる側の気持ちはよくわかるのですが、

叩く方の気持ちは経験がほとんどないのでよくわかりません。

子供時代に妹との姉妹喧嘩では、はい、叩かせて頂いておりました。

気持ちは「コノヤロー!泣かせてやる~!」です。

残念ながら妹の方が喧嘩は強かったです。

泣かされたのは私でした。

「お姉ちゃんはすぐ泣く!」

とよく怒られました。

そういうわけかどうか分からないのですが、叩いた経験はほとんど覚えていません。

しかし、叩かれた経験の方は、はっきりくっきりよく覚えています。

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 叩く人たち

まず父親ですね。

次に小学校1、2年生の時の担任の女の先生ですね。

次に小学校1年から6年までのピアノの女の先生ですね。

次に、あっ!以上です。

 

なんだ、私はこの3人にしか叩かれていない。

初めて数えてビックリです。

そして私を叩いた回数第一位はピアノの女の先生でした。

教室に行く=叩かれる、なので凄い回数ですね。

担任の女の先生は、私を、というよりは一日中クラスの誰かを叩いていましたので叩いていた総数のダントツ第一位は担任の女の先生ということになります。

 褒める褒めない

ちょっと怖くなってきたので、叩く話はこの辺で切りましょう。

 今から20年くらい前に『褒めて育てる』ということを推奨する本が流行りました。

なんでもかんでも教育は結局のところ『母親の責任』ということに大体なっていた時代です。

私も本を読んだことが元で、母親に言ったことがあります。

 

私「私、一度も褒められたことないけど、どうして?」

母親「親が子供を褒めるもんじゃないでしょ。私だって褒められたことはないわよ。」

私「わかった。『褒めない』は、置いといて、何をやっても『ありがとう』のお礼を言ってもらったことも一度もないけど?私は言っているでしょ。」

母親「えっ?そうだっけ?分かった。それは言うようにします。」

 

だからどうした、という話ですが、母親が元気でピンピンしている時代にこういう話を一度できたことは良かったと思っています。

『いつもいつも母親から叩かれていた』という知り合いの方は、こういう会話は出来ずにお母様を亡くされたようです。大変お気の毒なことです。

 

ここまでの前置きと本題の"摂食障害"の関連性にはかなり無理がありますが、

"知り合い"のお話という共通点にてお許しください。

(それでもやはり"(-""-)"無理がありすぎますね。)

 摂食障害

18年くらい前の知り合いの方の話です。

小学生の娘さんが摂食障害でどうにもならないと言っていました。

小学3、4年生くらいだったようにお聞きしました。

あれからもう20年近くになるのですね。摂食障害の人の話を聞く機会は年々増えている気がします。

30年くらい前はエルビスプレスリーやカーペンターズの摂食障害の話が有名でした。

その後、映画やドラマでもキャリアウーマンの摂食障害がよく描かれるようになりました。

私の大学時代の友人も摂食障害でボロボロにやせ細っていた人が3、4人はいました。

その中の二人と親しかったのですが、一人はジュースしか口にできないと言っていました。

何年もジュースだけで生きているのです。

助けてあげたくても助けてあげる方法が全く分からず、話を聞いてあげるだけに終わってしまいました。

もう一人は心療内科に高校生の頃から通っていると言っていました。

それでもなにも解決しないと言っていました。

こちらも助けてあげることはできずに話を聞いてあげるだけに終わりました。

小学生で摂食障害だという娘さんの方は、料理用のお砂糖を隠れて大量に食べては戻すを繰り返しているということでした。

エルビスプレスリーはドーナツだったそうです。

私は専門家ではないのでどうすればいいかの答えを持っていませんが、ここ数年、書店に並ぶ摂食障害関連の冊数が急に増えて充実しているようです。

そちらはあまり読みませんが、

私は娘が自閉症なので『自閉症』関連の本はよく読みます。

この自閉症の本の中に度々『二次障害としての摂食障害』と出てきます。

自閉症特有の

"インプット(脳に情報を入れる)とアウトプット(内なる情報を外部に表現する)が正常発達のひとのようにスムーズにいかない"

ことによる苦しみや他者との摩擦(他者との関係を築きにくいこと)によるストレスの二次障害としての『摂食障害』というものがあるそうです。

その前に、大前提として

"自閉症スペクトラム障害"の人がみんな知的障害を持っているわけではありません。

普通より知能が高く、有名大学を卒業し、エリートコースを歩んでいるひとも多くいます。

家庭を持ってお父さん、お母さんになっている人もたくさんいます。

知能の高さではアインシュタインやスティーブ・ウォズニアック氏(スティーブ・ジョブズの相方として有名)が分かりやすい例として挙げられがちですが、知能がごく普通の"自閉症スペクトラム障害"の人たちも多くいます。

男性の場合、症状が分かりやすいので病院で診断を下されやすいのですが、女性の場合、女性特有の器用さでその症状をうまく隠してしまい、誰にも気付かれないことがよくあります。

本人すら気付いていないことも多いです。

また、知能が高いからといってみんながみんな世の中を楽に生きられたり、成功したりするわけではありません。

心理学で有名なアドラーがこの世の問題の全ては"人間関係"と言い切っているように、人と人との摩擦を生みやすい(他者との関係を築きにくい)『自閉症』は自然と問題を多く抱えます。

過度なストレスからの自己防衛としての『摂食障害』です。

 

実は『摂食障害』に直し方の型があるわけではないようです。

知り合いの方の実際の体験談や、テレビで紹介していた体験談や最新の書籍内の体験談によると

克服した人たちはひとりひとり全く別のストーリーをもつ克服の仕方をしています。

 

全く別ですが、もし共通点があるとすればそれは

 

自らの人生の課題に果敢に挑み続ける勇気とそれを温かく支える人の愛でしょうか。

ある人は娘の誕生をきっかけに、ある人は真の親友との共同作業をきっかけに、ある人は夫や子供たちの支えの元に仕事で真の充実を手に入れることを通して克服しています。

少なくとも薬で治したということではないようです。

 なんと過酷な障害でしょう。

そしてなんと愛と勇気の偉大なことか。

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さくらぷりんと
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