【嫁ブログ】これで私は〇〇しました〔044〕
スポンサーリンク

Hくんのこと

元来体が弱い私は大学時代も体を壊して一年休学しました。

一年留年した後、就職氷河期真っただ中ではありましたが、なんとか某中小企業に就職できました。

50社以上は資料を取り寄せてほぼ同数の履歴書を送り、全国各地へ面接に乗り込んでいきました。

片っ端から落ちて、落ちてやっとのことで採用してもらった某企業には、私を含め5人の新入社員がいました。

私一人が企画兼営業で残りの4人は工場の現場監督だったり、海外労働者の研修担当者だったり、システム担当だったりといろいろで入社式以降はバラバラになりました。

 

ですから気分も引き締まり、必要以上に気合を入れて自分を大きく見せながら頑張っていました。

新入社員がよくやるように、誰よりも早く出社して一人で社内の清掃や神棚の榊の水替えを行い、会社創立当初からの古株の社員さんと親しくさせて頂いたりしました。

 

5月のしんどさをなんとか乗り越えて6月の梅雨の頃、女子社員寮に知らせが来ました。

「今日は、夜にお通夜があります。新入社員のH君が会社近くのアパートで急性心筋梗塞でなくなったそうです。」

H君は海外労働者の研修担当者でした。

ちらっと聞いたところによると、もともと心臓が弱かったそうです。

心臓が弱くても海外労働者との仕事は本人が望んで就いたやりがいのある仕事だったそうです。

お通夜の席でH君のお父様がそう話されていました。

 

私はこんなタイミングで同期入社の仲間が亡くなるとは想像していませんでした。

それに先月先輩社員の人に中古車を売ってもらったばかりでお金が無かったため、喪服を持っていませんでした。

みっともないとは知りつつも、就職活動で着ていたストライプのラインの入った黒のスーツでお通夜に参列させて頂きました。

ずっと雨が降っていて、ずっとみんな下を向いていて、私はずっと誰かの背中ばかり見ていました。

覚えているのは仏壇の前のろうそくの火の明かりだけです。

H君も体がずっと弱かったせいで浪人や留年があって、年齢は私よりももっと上だったようです。

私は深く反省しました。

社会人として、喪服は直ぐに用意しておかなければと。

シャディのカタログを開き、10,000円でセットのワンピースタイプを買いました。

今だにそれを着ています。

今もH君の事を思い出します。

デカくて優しいジェントルマンだったなぁ。

娘と打ち合わせ

先日娘と打ち合わせをしました。

上の娘は今年大学1年生になれたのでそろそろかと思い、私から提案しました。

私「Rちゃん、高校生と違ってもう葬式やお通夜に制服では行けないから、この夏が終わってちょっと涼しくなったら喪服を買いに行かない?」

娘「え~、ああ~、うん・・・」

私「通販だとね、サイズ合わせがね~、だからゆめタウンとか行ってね。」

娘「え~、うん・・・」

私「あとね、Rちゃん今年何歳になるんだっけ?」

娘「19」

私「そっかぁ~、じゃ!、来年は大人記念の宝石を買おうね。来年までに真珠にするか、ダイヤにするかかんがえといてね。あっ、値段はもちろん安いのになるからね。」

娘「え~、ああ・・・、うん。」

 

上の娘は夫(塾長)のコピペです。

夫(塾長)は娘の事をいろんな風に言ってますが、私から見れば完コピです。

この二人、打ち合わせもしていないのに、私の話しかけに対する"返事の仕方""咄嗟に言う一言"が全く同じなんです。

私「ねえ、靴下、だいぶ数が減ってきたから、今日買い足してもいいかな?」

夫「え~、ああ~、うん・・・」

教室の詳しい内容はこちらです
さくらぷりんと
スポンサーリンク
おすすめの記事