『星の王子さま』(塾長の感想文)

「絶望スパゲッティ」というパスタソースがあったので、買って食べてみました。

なんでも、「絶望しても食べられるくらい美味しい」のだそうです。

文学の世界では、世の中の不条理に絶望した人が耽美派に流れるのはよくあることです。

平安貴族のように、特に絶望していないけど元から耽美派のような人たちもいます。

しかし、そういう人たちは、正岡子規や中野重治のような人たちに、いつかどこかで「底が浅い」と叩かれることになります。

不条理に正面から向き合いつつ、美しい世界を描くことができればどんなにいいことでしょう。

ということで、私も書いてみました。

『星の王子さま』読書感想文でございます。

 

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不条理と耽美

『星の王子さま』が耽美主義的な作品でもないにもかかわらず、なぜ私たちはこの作品にある種の美しさを感じてしまうのでしょうか。

そもそも耽美とは何か。

耽美とは、美を追求する姿勢であり、価値観です。

耽美の耽は、音読みでは「耽る(ふける)」と読むように、美に耽る姿勢は、世の不条理から一定の距離を保たなくてはいけません。

平安貴族のように、浮世の不条理を見て見ぬふりをした者たちならば、表現の世界に身を投じた場合、美の追求に没頭するしかないでしょう。

権力闘争の敗北者が不条理を嘆くなど、甘ったるいルサンチマンです。

私に言わせれば「権力闘争に身を置くだけまし」でしかありません。

なぜなら、その不条理を突き詰めることは、「貴族」という立場そのものを危うくさせることになるからです。

そんな者の語る不条理が、左遷されて嘆いているだけの菅公とどれほど違うというのでしょうか。

私は、日本の文化の一部として、平安時代に爛熟を極めた国風文化の成果を全否定するつもりはありませんが、「不条理と耽美」という視点から見れば、こういう厳しい言葉も吐かなくてはなりません。

「おまえは歌ふな/お前は赤ままの花やとんぼの羽を歌ふな」

と中野重治がその詩「歌」で花鳥風月をこき下ろしました。

花鳥風月を歌って世の中の何がよくなるのか。

もっと不条理に斬り込めよというわけです。

『星の王子さま』という作品は、不条理を巧みに組み込んでいます。

にもかかわらず、読む人にある種の「美しさ」を感じさせます。

その魅力について、私なりに迫ってみようと思います。

 

読後の寂寥感の処理

それにしても、この読後の孤独感と寂寥感を何と表現すればよいのでしょうか。

王子さまは、死んでしまったのか、それとも自分の星に帰ることができたのかも分からない。

しかし、王子さまは「僕」にかけがえのない贈り物を最後にプレゼントしてくれます。

「きみが星空を見上げると、そのどれかひとつにぼくがすんでるから、そのどれかひとつでぼくが笑ってるから、きみには星という星が、ぜんぶ笑っているみたいになるっていうこと。きみには、笑う星々をあげるんだ!」

優しい気持ちに包まれた読者を突き放すように、作者はこの後王子さまを毒ヘビとの約束へ連れ出します。

それは、王子さまがこの旅で気づいた愛に対する、王子さまが果たす「責任」です。

王子さまは、どこまでも純粋で律儀です。

自分と絆を結んだ者を裏切ることはしないのです。

薔薇への愛情を再認識した王子さまにキツネが言います。

「じゃあ秘密を教えるよ。とてもかんたんなことだ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」

「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」

「人間たちは、こういう真理を忘れてしまった」

「きみは忘れちゃいけない。きみは、なつかせたもの、絆を結んだものには、永遠に責任を持つんだ。きみは、きみのバラに、責任がある……」

サン・テグジュペリは、愛妻のコンスエロに5年間の別居を申し出たことがあります。

https://core.ac.uk/download/pdf/286930112.pdf

コンスエロは次のように語っている。

「7年閻,アントワーヌは,絶対的に,留保なしに,わたしに忠実でした。でも、ある朝、彼は朝食をとりながら私に静かに言ったのです。

『ぼくが君を憎むことを、君は願わないだろうね?それなら、ぼくには休暇が必要なんだ。5年間の休暇のあいだに、ぼくは好きなことをやるよ。日曜目に同じような中流の女たちがたくさんいる大通りに、とぼとぼと散歩するような、中流人の妻に君をしたくないんだよ。ぼくは、自分の衝動に従って行動する必要があるんだ、それに朝の5時まで君がぼくをまっていると考えることが我慢出来ないんだ……きちんと5年たったら、ぼくは戻ってくるし、そして君は再びぼくの妻、ただひとりのぼくの妻になるんだ。君はしたいことをしていいし、子供が出来たとしても、ぼくは認知するよ……』」

果たして、サン・テグジュペリは5年後にコンスエロの元に戻ってきました。

この5年間の別居の中でサン・テグジュペリが妻に対して思ったこと、それが王子さまと一輪のバラの花にそのまま投影されていると考えて間違いないでしょう。

王子さまは、愛するバラを残して自分の星を離れます。

そのあと、さまざまな不条理と出会いながら、最終的に「僕」と友達になります。

王子さまは、説明はしません。

「僕」の問いかけに対しては、首をふったり、全く違う話を始めたりで、おおよそ、まともな言葉のやり取りが成立するほうがまれです。

それでも最終的に「僕」と王子さまは分かり合ってしまう。

本当の友情や愛に言葉などたいした力を持たないとでも言いたげです。

そして2人が荒涼たる砂漠の真ん中で手に入れた真実は

「いちばん大切なものは、見えない」

ということでした。

 

作者の文明批評

サン・テグジュペリは王子さまの旅を媒介して、さまざまな文明批評を試みています。

王子さまの遍歴はこうです。

「王様」「大物気取り」「酒びたり」「実業家」「点灯人」「地理学者」そして「地球」です。

地球以外の場所では、王子さまにとってはどいつもこいつも「キノコ」のような連中です。

「ぼく、まっ赤な顔のおじさんがいる星に、行ったことがある。おじさんは、一度も花の香りをかいだことがなかった。星を見たこともなかった。誰も愛したことがなかった。たし算以外は、なにもしたことがなかった。一日じゅう、きみみたいにくり返してた。『大事なことで忙しい!私は有能は人間だから!』そうしてふんぞり返ってた。でもそんなのは人間じゃない。キノコだ!

当時の世相も、現在私たちが生きているこの世界も、似たり寄ったりです。

キノコのような連中がふんぞり返って、大切なものを見失っています。

そんな中で、王子さまが唯一「友達になれるかもしれない」と思ったのが「点灯人」です。

「点灯人」は、朝晩ガス灯の火をつけたり消したりする仕事をしています。

そして、「点灯人」はその役目に忠実ですが、その星は年々自転が速くなっていて、ついに1日が1分になってしまったのですが、指示の方は変わらない。

したがって、点灯人は1分ごとにガス灯の火をつけたり消したりして休む間もありません。

まったく馬鹿げた話ですが、日本のお役所仕事を考えたら笑ってはいられません。

まったくつまらない役所のきまりで、民業は余計な手間ばかりかけさせられて、事務が圧迫されています。

これも不条理の1つです。

しかし、問題は実はもっと深刻です。

こんなキノコ野郎どもによる不条理の積み重ねによって、国がなくなることだってあります。

サン・テグジュペリの時代は、それはナチスであり、全体主義の台頭でした。

ドイツ軍に祖国フランスを蹂躙されただけでなく、サン・テグジュペリは軍人としてドイツに対抗するための作戦に従事します。

戦略的に意味があるとも思えない作戦に参加し、死と隣り合わせの体験をしました。

 

 

大切なものは見えないところにある

ここまで書き綴ってもまだ、『星の王子さま』から受けた心の衝撃を消化しきれずにいます。

「大切なものは見えないところにある」

ありきたりなメッセージですが、これを我が身にあてはめてあれこれ考えているうちに、なんだかいてもたってもいられない気分になってしまいます。

「真実の友情や愛に言葉は必要ない」

「大切なものは見えないところにある」

こんなテーマで物語を書いたらたいてい駄作になります。

それほど、普遍的であり、同時に言葉にしたとたん、普遍的なテーマはどんどん陳腐化してゆきます。

それを、見事なバランス感覚を駆使して、読者に真実をそっと渡す。

孤独感、寂寥感もセットでプレゼントされます。

この結実と王子さまの儚さがこの物語が内包している美そのものです。

そして、最後に王子さまが消える場面は、まるでサン・テグジュペリの遺書のようです。

砂漠の真ん中で、姿を消す王子さまをなぞるように、『星の王子さま』が出版された翌年、偵察飛行に飛び立ったまま帰らぬ人となりました。

王子さまが、「僕」に笑顔の贈り物をしたように、サン・テグジュペリは私たちに贈り物をして空へ消えました。

 

最後に

この私の感想文を読んだ私の妻は、

「全然違う」

と言いました。

どこがどう違うのか話してみた結果、それぞれの感情移入の視点が違っていたことが判明します。

「僕」の視点で物語を追っていた私に対して、妻は「王子さま」視点で物語を追っていたというのです。

だから、最後の場面については、

「私は王子さまと一緒に気持ちよく昇天したの」

と嬉しそうに妻は語っていました。

私はそんな妻をぽかんと眺めるしかありませんでした。

 

 

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