【嫁ブログ】そんなつもりじゃない〔075〕

2年ほど前に娘のおばあちゃんはお亡くなりになりました。

そのおばあちゃん(私の母)と私のヨボヨボ度がだいぶ重なってきたと感じる度に、

生前の姿ををつらつらと思いだすようになりました。

 

公民館でのフラダンス教室にご近所のお友達ととても楽しそうに通っていました。

 

たまにある元小学校の体育館のステージでは、一番後ろで遠慮気味にふらふらと揺れていました。

 

韓流ドラマが大好きで昼間も深夜もがっつり観賞していました。

 

新聞は生活欄のお悩み投書コーナーだけをコンスタントに読み続けていました。

 

若いころから綺麗好きであることが一番の自慢で、家の中はそこそこいい感じに綺麗にしていて、

特に洗濯に関しては近所で一番水道代が高かったんじゃないかと思われます。

 

毎度毎度水道代がご近所のお友達とは全然違うと嘆いていました。

※これは私も絶賛継承中!)

 

若いころから免疫力が非常に弱く、しょっちゅう寝込んでいました。

(※これも絶賛継承中。)

 

定期的にきちんと髪を染めないと40代くらいから完全な白髪でした。

(※これも絶賛継承中。)

 

食品の臭みにとても敏感で、私がアメリカ輸入牛肉パックを買ってきたらものすごく悲しんでいました。

「どんなに安くても臭くて食べられないんじゃ困るのよ・・・」

(※ここ数年、母の言ってる意味がはっきりと実感できるようになってきました。)

 

自分で自分の身の回りのことをすることが絶対に大切で、手術の後遺症で自転車に乗れなくなったからと言って中古車を親戚に譲ってもらい車でスーパーに出かけていました。

 

若いころからトラックを運転していた母は車の運転が得意でした。

 

意識が無くなるその日まで家に帰って元の生活をするのだと言っていました。

 

高松から丸亀の病院に終末時間を過ごすための転院をしなければならなくなった時、

きっと「そんなつもりじゃない!」と心の中で叫んでいたのではないかと想像します。

 

母が無くなって一緒に死んでしまうのではと心配させられた父は、今ではすっかり介護ヘルパーさんに慣れてくれておまけに宅配弁当にも慣れてくれて娘は大変助かっています。

 

夫や私の同級生や知り合いから、毎年ぱらぱらと喪中の葉書が来るのですが、そこにあるのが祖父母ではなく、父母になりつつあります。

教室の詳しい内容はこちらです
さくらぷりんと
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