【嫁ブログ・号外5】明治と森鴎外とウイルスと・第2話〔098〕

 

昼食後・・・

 

私「さっきの雅文体の説明の続きを聞かせて」

夫「雅文体と言うより、擬古文の説明をするわ。江戸時代にはもう、今に通ずる表現方法がすでに広がっていたんだよ。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』がいい代表例だよね。庶民が読んで楽しめるものになっている。他には、江戸時代の式亭三馬の滑稽本『浮世風呂』や明治初期の仮名垣魯文の戯作文学『安愚楽鍋』なんかがすぐに思いつく。」

 

【材木座書房 お江戸のベストセラー『東海道中膝栗毛』原文・現代文】

 

 

  

私「『戯作文学』って何?」

夫「一言でいうと、江戸時代中期・後期の洒落本、滑稽本、黄表紙、合巻(ごうかん)、読本、人情本なんかの総称で、世相を批判しながら世の中を面白おかしく語っている文学だよ。」

私「『滑稽本』は?」

夫「江戸後期の文化・文政期(1804~1830)に流行った小説のたぐいのものだよ。人の会話で成り立っていて、町人生活を滑稽に描写したものだよ。ところで、さっき話した『浮世風呂』の文中にこういう箇所がある。

猛き武士の頭から 湯をかけられても、人込じゃと 堪忍を守り、
たけきもののふのあたまから ゆをかけられても、ひとごみじゃと かんにんをまもり、
目に見えぬ鬼神を 片腕にゑりたる ちうつはらも、
めにみえぬきじんを かたうでにえりたる ちゅうっぱら(やくざ者)も、
御免なさいと 石榴口に屈むは 銭湯の徳ならずや
ごめんなさいと ざくろぐちにかがむは せんとうのとくならずや

 

これは古典の一節から引っ張て来ているんだよ。『古今和歌集仮名序』の冒頭に有名な一節があって、

『力をも入れずしてあめつちを動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女(めおと)の中をもやはらげ、猛き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり』

とあるんだけど、この一節を引っ張ってきて文章に深みも持たせているんだ。当時の読み手がそれに気づいて文学的知識を満足させていたというわけ。

そうそう、明治初期の重要人物に二葉亭四迷がいる。明治の小説家でね、代表作『浮雲』擬古文とは逆に言文一致(話し言葉に近い口語体)の文体で書かれているんだよ。

ということでね、江戸時代からすでに話し言葉に近い文体は浸透していたんで、明治に流行った雅文体や擬古文は作家の趣味だよ。」

私 (なるほど・・・と思いつつ)検索する

雅文体と擬古文の違い・・・雅文体とは和文脈で書かれたものかと。

樋口一葉は明治時代の文体には三つあると言っています。

①言文一致体 ②和文めかしきもの(雅文体) ③新聞屋文

③の新聞屋文というのは漢文訓読調で書かれたもののことです。

一般に、擬古文と言うのは②と③を指すはずです。

「たけくらべ」雅文体でやまと言葉で書かれていますが、

「舞姫」漢文訓読調で書かれていますので、どちらかと言えば、「たけくらべ」の方が読みやすいです。

当時の人々にとって言文一致体(口語体)はけっして読みやすいものではなかったようです。

ですから、樋口一葉は師匠の中島歌子に文体についてはどれを採用するのが良いかと相談しています。

歌子は、「私は新聞屋文をとらない」と言い切っています。

歌人ですので和文脈の流れでこそ自分の思いが伝わると考えていたようです。

一葉は職業作家を目指していたので、一般受けするものでなければならなかったからこそ、雅文体を採用したということになります。

(YAHOO!知恵袋のベストアンサーtaroさんより)

 

夫「そもそも、なんで『雅文体』の質問をしたの?」

私「『高瀬舟』、『山椒大夫』、『舞姫』と朗読を聞いてきたんだけど、『舞姫』は人気が特別なのよ。どうもそれが『雅文体』にあるらしいの。最近のYouTubeでの朗読の数も多いのよ。解説もついてるものがあったりして、凄いの。」

 

この話、ウイルスまで行きます。

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