『論語と算盤』渋沢栄一(守屋淳訳)第5章 理想と迷信
【嫁ブログ・号外5】明治と森鴎外とウイルスと・第2話〔098〕

で夫がこう言っていました。

「(略) そうそう、明治初期の需要人物に二葉亭四迷がいる。明治の小説家でね、代表作『浮雲』は擬古文とは逆に言文一致の文体で書かれているんだよ。ということでね、江戸時代からすでに話し言葉に近い文体は浸透していたんで、明治に流行った雅文体や擬古文は作家の趣味だよ!」

 

はい、ここです。

出ました。

「趣味だよ!」というところ。

第五章の最初の単元「◇熱い真心が必要だ」で渋沢さんはこう言っています。

どんな仕事でも、近頃の流行語でいえば、『趣味』―ワクワクするような面白みを持たなければならないという。
わたしは学者ではないので、この『趣味』という言葉の定義について、詳しい解説を述べることが出来ない。
しかし、人が何か、自分の務めを果たすと云うときには、この『趣味』を持って欲しいと強く思うのである。
(中略)
社会のなかで一人前の『趣味』を持って、その趣味のレベルが上がっていけば、それに見合った成果が世間にもたらされるようになるだろう。
そこまでいかずとも、『趣味』のある行動であれば、必ずその仕事には心がこもるに違いない。
もしお決まり通りに仕事をするだけなら、生命など宿らず、型通りのものにしかならないのだ。
(中略)
たとえどんなことでも、自分のやるべきことに深い『趣味』を持って努力すれば、全てが自分の思い通りにならなくても、心から湧き出る理想や思いの一部分くらいは叶うものだと思う。
孔子の言葉にも、『理解することは、愛好することの深さに及ばない。
愛好することは、楽しむ境地の深さには及ばない』とある。
これは『趣味』の極致といってよいだろう。
自分の務めに対しては、この熱い真心がなくてはならないのだ。

 

趣味とは奥が深いです。

そしてここで、この趣味という言葉から連想されるお方、

N先生のことをお話させて頂きたいと思います。

N先生、勝手にすみません。

怒らないでね。

 

辰學舎/アールズ国語そろばん教室 にはN先生がいらっしゃいます。

N先生は坂出教室に初めて先生を募集した際に最初に来て下さった方です。

初めてお目にかかって、N先生と塾長とがお話をしているところの横で私は机の鉛筆の黒ずみを取っていました。

静かな教室内でのお二人の会話だったので私も会話が自然に耳に入ってきました。

内容は全く覚えていないのですが、感動したのだけはよく覚えています。

「理想の先生が目の前にいた。」

「理想の大人が目の前にいた。」

逆立ちしたってなかなかこうは成りたくてもなれないお方にお目にかかれました。

そして今も辰學舎で先生としていて頂いています。

うちの教室が不甲斐ないばっかりに、N先生は本当はもっとたくさんの生徒さんを教えたいはずなのにシフトを制限してくださっています。N先生本当に申し訳ございません。

20年程小学校、中学校で教鞭をとられていたころの深いお話、現在の学校教育についてのN先生のご見解、何を聴いても深いです。

そしてお話に説得力があります。

辰學舎/アールズ国語そろばん教室にはたくさん先生がいてくださっていますが、

 

N先生は先生です。

いろんな意味で先生です。

深い意味でも広い意味でも先生です。

先日、塾長がN先生に現役時代のお話を少し聞かせて頂いたそうです。

N先生は学習面の指導はそれほど難しいものではないとおっしゃった上で、こう続けられました。

「それよりも私はクラス全体をどうまとめるか、どう引っ張っていくか、クラス全体での意欲やまとまりを意識して教員をやっていました。なので、クラスの担任の仕事以外の当番制の仕事が負担に感じることもありました。」

もっともっとクラスの生徒一人一人に時間を割きたいと常に思っておられたそうです。

うまくクラスがまとまっていれば、自然と学習面もクラス全体のレベルが上がったそうです。

私は先生ではありませんが、N先生をお手本とさせて頂きたいと思っています。

N先生、これからも宜しくお願い致します。

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