「現代教育の得たもの、失ったもの」 『論語と算盤』に書いてあることを私なりに書き出してみた  【第9章 教育と情誼 その2】
昔の青年と今の青年は
昔の社会と今の社会が異なっているように
異なっている。

一部の一般人の意見

昔(明治維新前)の青年は意気もあり、抱負もあって、
今の青年よりはるかに立派だった。
今の青年は軽薄で元気がない。
(世間の一部の人たち)

一概にそうとばかりはいえないのではないか。
昔の数少ない偉い青年と今の一般の青年とを比べてあれこれいうのは
間違っている。
(栄一)

〈昔と今の違い〉

士農工商-極めて厳格な階級
上士と下士-武士の中の階級
資産家、村の長とそうでないもの―百姓や町人間の階級
 今の青年 

みな平等な教育を受けている

 岩崎家(三菱の創始者)も長屋住まいの息子も平等な教育を受けている。

 

昔・・・少数でもいいから、偉い者を出すという天才教育

今・・・多数の者を平均して教え導いていくという常識教育

 

昔・・・良い師匠を選ぶということに苦心した

(例1)熊沢蕃山は中江藤樹のもとへ行って「門人にして下さい」とお願いしたが許されず、三日間その軒先から動こうとしなかった。

(例2)新井白石と木下順庵

(例3)林羅山と藤原惺窩

 

今・・・師匠を尊敬しない。

 教師をまるで落語家か講談師のように見ている。

「講義が下手だ」「解釈が劣っている」と上からものをいう。

 教師も自分の教え子を愛していない。

 

昔・・・心の学問ばかり。主な書籍の内容は自分を磨くこと。

 自然と自分を磨いていき、常に天下国家のことを心配していた。

 かざりけがなく、真面目で恥を知り、信用や正義を重んじる

今・・・知識を身につけることばかり。

 小学校から多くの学科を学ぶ。

 品性の面で問題が出る。

〈学問を修める目的〉

『論語』・・・昔の人間は、自分を向上させるために学問をした。今の人間は名を売るために学問をする。(嘆きの収録)

学問をすれば誰でもみな偉い人物になれるというのは、
一種の迷信である。
(栄一)

学問のための学問をしていると
「自分は何のために学問をしてきたのだろう」
という疑問に襲われる。虚栄心のために学問をしていると
自分の身の振り方を誤ってしまうだけでなく、
国家の活力衰退を招くことにもなる。
(栄一)

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