奥の細道談義 第7回 松島(前半)

この奥の細道談義、前回更新から

 

何と約10が月が過ぎていました。

 

月日の経つのは恐ろしいものです。

 

またボチボチ再開しようと思い立ち、昨日奥の細道を読み返していたのですが、

ここ「松島」から

「平泉」

「尿前」

「尾花沢」

「立石寺」

という、奥の細道の一番美味しいところが続くことを再認識して、ちょっと震えています。

 

今日は松島です。

 

奥の細道の冒頭文で

 

「松島の月まづ心にかかりて」

 

とあるように、松島に訪れることは、この旅の大きな目的の1つでした。

 

それをようやく果たすことができ、芭蕉先生のテンションも最高潮に上がったことでしょう。

 

ネタバレすると、松島では芭蕉先生は句を詠みません。

 

奥の細道の作品からは

 

「感激のあまり、句ができなかった」

 

という演出がただよってくるのですが、

 

これは創作ではなく、

 

本当に

 

「ここでは、わしは句は作らん」

 

と芭蕉先生は決めたのではないかと私は思います。

 

それを彷彿とさせる場面があります。

 

この先、北陸に抜けますが、越前の国に『潮越の松』という歌枕があります。

 

そこを訪れた芭蕉先生は、このように書いています。

 

「夜宵嵐に波をはこばせて月をたれたる潮越の松 西行

此一首にて数景尽きたり。もし、一弁を加るものは、無用の指を立つるがごとし。」

 

ようするに、この歌枕に関しては、西行のこの歌が至高であるため、

 

私らのような凡の者が余計な句や歌をもはや付け加える余地はない。

 

黙って西行の歌をかみしめておこうじゃないか。

 

と言っているのです。

 

実際、この潮越の松に関する句を、芭蕉先生は詠まれておりません。

 

そんなわけで、いろいろと感極まると句をつけないことがある芭蕉先生です。

 

たしか『白河の関』でも、自分は句をつけずに、曾良の句を紹介していました。

 

しかし、そういうときは、

地の文で本気を出す

これが芭蕉先生です。

 

この松島の場面での芭蕉先生の筆致は、名文と言って差し支えないと思います。

 

ということで本文行ってみましょう。長いので4つのパートに分け、

 

この記事では前半2つについて触れてゆきたいと思います。

 

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松島 本文パート1

抑も事ふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡そ洞庭・西湖を恥ぢず。

そもそも こと ふりにたれど、まつしまは ふそう だいいちの こうふうに して、およそ とうてい・せいこを はじず。

東南より海を入れて、江の中三里、浙江の潮を湛ふ。

とうなんより うみを いれて、えの うち さんり、せっこうの うしおを たたう。

島々の数を尽して、欹つものは天を指し、伏すものは波に匍匐ふ。

しまじまの かずを つくして、そばだつものは てんを ゆびさし、ふすものは なみに はらばう。

あるは二重にかさなり三重に畳みて、左にわかれ右に連る。

あるは ふたえに かさなり、みえに たたみて、ひだりに わかれ みぎに つらなる。

負へるあり抱けるあり、児孫愛すがごとし。

おえる あり いだける あり、じそん あいすが ごとし。

適用現代語訳と適当解説

適当現代語訳
今さらだが、松島というのは日本一の景色であって、それは中国の名湖である洞庭・西湖にも引けを取らない。
東南から海が入り込んで湾の中は三里にわたり、まるで浙江の河口のような豊かな潮で満ちている。
無数の島があり、高く天を指さすような島、低く波にはらばうような島がある。
二重に重なっている島や、三重に重なっている島があって、左のは分かれていたと思えば、右のはつながっている。
子供をあやすように小さな島を背負ったり、抱いたような形になっているものもある。

景色の素晴らしさを表現するときに、

 

「あの〇〇にも劣らない~」

 

という言い方があります。

 

ここでは、その「〇〇」に中国の名所を書いています。

 

漢詩や漢文は当時の文化人にとっては基本教養となりますが、

 

中国にも、日本の「歌枕」にあたる名所があり、

 

それが漢詩や漢文に登場しますので、行ったことも見たこともない

 

『洞庭・西湖』や『浙江』

 

が引き合いに出されるのは不思議なことではありません。

 

松島本文 パート2

松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹きたわめて、

まつの みどり こまやかに、しよう しおかぜに ふきたわめて、

屈曲おのづから矯めたるが如し。

くっきょく おのづから ためたるが ごとし。

其の気色窅然として美人の顔を粧ふ。

その けしき ようぜんとして びじんの かんばせを よそおう。

ちはやぶる神の昔、大山祇のなせるわざにや。

ちはやぶる かみの むかし、おおやまづみの なせる わざにや。

造化の天工、いづれの人か筆を揮ひ詞を尽さん。

ぞうかの てんこう、いづれの ひとか ふでを ふるい ことばを つくさん。

適用現代語訳と適当解説

適当現代語訳

松の緑が濃く、枝葉は潮風に吹かれて曲がっており、まるで自分からいい感じの曲線を作ったようである。

その景色は奥深く美人の顔を思わせるものだ。

神代の昔、大山祇の神が作ったのだろうか。

自然の神が作ったものを、人がいくら絵や詩文にしたところで表現し尽くせるものではない。

 

「屈曲おのずから矯めたるがごとし」

 

というのがかっこいいですね。

 

私の適用現代語訳はふざけてますのであまり気にしないでください。

 

「其の気色窅然として美人の顔を粧ふ」

 

この一行は解説が必要です。

 

今、芭蕉先生は松島を目の前にしておりますが、

 

冒頭部で『洞庭・西湖』という湖を引き合いに出しました。

 

そして湖と言えば、蘇軾という人のこの漢詩を芭蕉先生は念頭に置いたのです。

書き下し文だけ置いておきます。

湖上に飲す初晴後に雨ふる。

水光瀲灔として晴れてまさに好く、

山色空濛として雨もまた奇なり。

西湖を把て西子に比せんと欲すれば、

淡粧濃抹すべて相よろし。

この漢詩は、まさに西湖で詠まれています。

 

こちらに分かりやすい朗読と現代語訳があります。

 

「まあ、湖といえばこの漢詩だな」

というのを思ったのでしょう。

 

そこで、この漢詩の最後の二行

 

「西湖の様子を伝説的な美女である西施に比べようとすれば、薄化粧も厚化粧も、どちらも似合っていて、素晴らしい。」

 

の着想にならって、

 

「其の気色窅然として美人の顔を粧ふ」

 

の一行を書いたわけです。

 

もともと、奥の細道の地の文はとても情報量が多のですが、この松島はそれがさらに濃縮されています。

 

しかしながら、現代人の私たちには、

 

当時の文化人が抱いていた『洞庭・西湖』への憧憬は理解しにくいものですし、

 

そこで詠まれた漢詩を踏まえた解釈も、解説書無しにはたどり着くのは難しいものです。

 

だから、なんとなく雰囲気を味わうのでよいと思っています。

 

あまり意味が分からなくても、この松島の文は音読していて気持ちがいいものです。

 

長くなってしまいましたので、後半部分については後日記事を作ります。

 

必ず、10カ月以内に書くことをお約束いたします。

 

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